ジャンルにとらわれず写真を主体に発信したい
by peke001
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幸せって? 同級会でした

先日、仲間5人の集まりがあった
この仲間は男ばっかりの同級生。
昭和38年春卒業なのでもう52年来の付き合いである
還暦ぐらいまで続くかなと思っていたらもう古希も過ぎた。
年に数回の集まりだが、ここにきて少し変化が
皆それぞれ体のあちこちにガタが出始めてきた
浮いた話や仕事の話も少なくなり、
もっぱら体調の話が多くなってきたのは仕方ないか

幸せって何だなんて話もあった。
終戦の前年に生まれ、本人たちの意識の中では戦争の記憶はない
食糧難で苦労したというのも、その時の親たちであり
空腹に耐えたなどという記憶もない、
でも脱脂粉乳のミルクの味だけは覚えているが・・・
どもこうして育ってしまえば、苦労やいやなことは
時間が運び去ってくれて、思い出の変えてくれている。

そして、現在は集団自衛権云々・・・・・
我々が戦場に出ることはない、

結局我々の人生は戦争に直接かかわることはなかったのだ・・・
結果的には一番幸せな時期に生きてきたのかな???
と話は終わらせたが・・・どうなんだろう
でもこうして50年以上にわたり仲間づきあいができるのは
幸せだよ。 となり お開きに。


一人が 忘れられない言葉があると言い出した。
ラジオ番組「今晩は、森繁久弥です」の中で朗読されていた詩、

 「友よ明日泣け」 
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by peke001 | 2015-05-30 08:50

南三陸の防災対策庁舎

四年前の3月11日は忘れられない

南三陸町の防災対策庁舎が震災遺構として保存されることになった
これまで解体も検討されていたが、震災を象徴する建物として保存と決まった

未来に対して広島の原爆ドームのような役割を持つのだろうか

実際にあの場に立った一人としてうれしい決定だ。
思い出したくないだろうが、忘れてはいけない。
私のカメラで捉えた庁舎の写真をもう一度見てもらおう。
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もう一つ忘れられないのが
この防災庁舎で
「津波が来ます、逃げてください」と防災マイクで避難を呼びかけ続けた南三陸町職員の遠藤未希さん
結局は写真の階段をのぼったところで津波に呑まれてしまったのだ。


そして
高良留美子さんの詩だ

 その声はいまも
 
 あの女(ひと)は ひとり
 わたしに立ち向かってきた
 南三陸町役場の 防災マイクから
 その声はいまも響いている
 わたしはあの女(ひと)を町ごと呑みこんでしまったが
 その声を消すことはできない

 ”ただいま津波が襲来しています
  高台へ避難してください
  海岸近くには
  絶対に近づかないでください”

 わたしに意志はない
 時がくれば 大地は動き
 海は襲いかかる
 ひとつの岩盤が沈みこみ
 もうひとつの岩盤を跳ね上げたのだ
 人間はわたしをみくびっていた

 わたしの巨大な力に
 あの女(ひと)は ひとり
 立ち向かってきた
 わたしはあの女(ひと)の声を聞いている
 その声のなかから
 いのちが甦るのを感じている

 わたしはあの女(ひと)の身体を呑みこんでしまったが
 いまもその声は わたしの底に響いている
by peke001 | 2015-05-26 12:44

路傍の花を描いて

病院の帰りに道路の脇で咲く花を撮ってみた

釣鐘の形をした花、釣鐘草とか風鈴草という
花の形を見ると名前に納得です
しかしなぜかペケちゃんには「カンパニュラ」という名が好きだ
たしかそう呼んだと思う

大分前になるが、TVドラマで「風のガーデン」という番組があった
倉本聰脚本で緒方拳さんの遺作になったドラマでした。
この中でショパンのノクターンを元にした「カンパニュラの恋」という曲を
平原綾香さんが歌っていた。
その時にこの花を調べた記憶がある。

カンパニュラはラテン語の釣り鐘を意味することばに由来し、
花の形が釣り鐘に似ているからとあった。
ピアノ曲からもう一つ。
リストのラ・カンパネラという曲があるが、このカンパネラも鐘に関係があり、
イタリア語で「鐘」のことらしい。

話があらぬ方向に・・・
この花を撮ったのは悪戯に始めた絵手紙の材料にと考えてのことでした。
そして、恥ずかしながら・・・
こんなふうになりました。

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そうそう
冒頭の医者は単なる胃カメラ検診予約でした。
年に一度は胃カメラをとすすめられていましたので。

by peke001 | 2015-05-21 18:47

私の城下町

代官町、木挽町、材木町、大工町、鞘町、鍛冶町、裏宿、連雀町、紺屋町、目車町、鷹匠町、大名小路、
これは館林市の旧町名です
現在はなんとも味気ない名称に変わっていますが・・・
そうなんです、館林はお城のあった城下町でした。

街の中を歩くと時々往時の面影を目にすることがある。
駅前をしばらく歩くと、右側に小学校が・・・
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この学校はペケちゃんが通った学校でした
この学校の向かいにあるおたくは、
美智子皇后のお育ちになった正田邸です。
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このあたりを旧町名では鷹匠町と言い
その表示板が設置されていた。
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そこに歴史的な建物があったので覗いてみる
鷹匠町武家屋敷「武鷹館」(たかじょうまち ぶけやしき「ぶようかん」)

この周辺は、江戸時代に「鷹匠町」と呼ばれ、館林城の侍町の一角にあたり、当時は中級の武士たちが住んでいた地域で、今も残る屋敷割や屋敷構、土塀や屋敷門、庭木などに、武家屋敷街の雰囲気をよく伝えています。
「旧館林藩士住宅」の移築に合わせ、 もとからこの敷地にあった「長屋門」や「附属住宅」を修復するとともに、 屋敷門や塀などを整備して、当時の鷹匠町の武家屋敷街の雰囲気や景観を創出、 敷地の愛称を「武鷹館」としました。
(パンフレットから引用)
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by peke001 | 2015-05-19 12:26

田中正造記念館

夏になると全国区になる地名、館林。
今年も数日前には日本で一番暑かったなどと紹介されていた

訪れた16日はこの時期らしい気温でした
テレビでよく映されるタヌキと気温表示は
館林駅の正面に設置されている。
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タヌキの隣の巨人軍の石碑にオヤ?と思われた方も・・・
市内にあるぶんぶく茶釜の茂林寺はよく知られていますが
その近くに分福球場がありました
ここで巨人軍の「死のキャンプ」と言われた猛特訓が行われ
巨人軍の基礎を作ったといわれています。

今日の記事はそれとは全く関係ありません

日本の公害と言えば「水俣病」「第二水俣病」「四日市ぜんそく」「イタイイタイ病」に代表されるが足尾銅山鉱毒事件もよく語られています。
この足尾銅山の古河鉱業が起因する公害問題と言えば「田中正造翁」
城山三郎著「辛酸」や立松和平の「毒」「白い河」などでご存知の方もおられるのでは

この田中正造記念館が数年前に新たにオープンしていたので
立ち寄ってみた。
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最近ではこの施設の知名度も上がり、関西や九州などから訪れる方も多いと言っていた

この時、読売新聞社の地域レポーターの方が取材に来ており、少しお話をさせてもいただいた。
by peke001 | 2015-05-17 16:58

小さな競い合い

立夏も過ぎ、春が駆け足で進んでいる
台風だ夏日だと例年になくそのスピードは速い

家々の庭先や植え込みで多くの花がその美しさを競っている
この時期はバラの花が際立って目につく

そんな中、手入れの良い小さな花壇で・・・

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シランという花は色が多く、まさに紫の花と思っていた
今朝ほどimaipoさんの記事で白いシランが紹介されていた
数日前にとった中に同じく白いシランがあったのを思い出した

そこには少し変わった花も
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オダマキの花らしいのだが、園芸品種で改良されたのか
調べてみるとヤマオダマキと言うそうだ

今日はこの後、夏になると一気に知名度の上がる群馬県の館林に出かける
一時のような暑さにはならないようだが・・・さて。

by peke001 | 2015-05-16 12:04

ウオーターフロント

親愛なるブログの友へ

久しぶりにキーを叩かせていただきます
長い間のご無沙汰申し訳ありませんでした。

ヒューマンさんの素敵な写真に引き寄せられるように・・・
昔のように毎日とはいきませんがポツポツと書いてみようかと思います。


先日、品川を歩きました
品川駅から京浜急行で一つ目の北品川駅を降りて
踏切を渡るとやや細い通りがある、お店などもなんとなく風情が感じられる。
この北品川から青物横丁駅にかけてが品川宿にあたる
東海道五十三次の第一宿で、中山道の板橋宿、甲州街道の内藤新宿、
日光街道・奥州街道の千住宿と並んで江戸四宿と呼ばれたそうです。

と書きましたが、この日は宿場めぐりではなくウオーターフロントが目的でした。
東京湾に連なる小さな運河が入り組んでおり、そこには係留された屋形船などが不思議な風景を作り上げていた。

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写真はクリックで拡大できます


途切れ途切れになるとおもいますが、よろしくお願いいたします。
by peke001 | 2015-05-13 14:12