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by peke001
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いろは坂は秋一色

湯ノ湖に発した湯川の流れも竜頭の滝を過ぎると大きな中禅寺湖です。

そこでひと休みした流れも華厳の滝で110メートル落下すると

大谷川(ダイヤガワ)となって,今市で鬼怒川に合流します。

車は華厳の滝から第1いろは坂を下ります。高低差500mを一気に くねくねと。

どなたもご存じの「日光いろは坂」は昭和初期にカーブが48か所あったので

そう呼ぶようになったようです。

その後、1954年に現在の形の第1いろは坂が完成して、

カーブの数は30か所になりましたが、

交通量の増加に伴い、1965年に第2いろは坂が完成し、一方通行の道路としました。

面白いのは、新しく出来た第2はカーブが20か所あったために、

第1のカーブを二つ減らして合計48か所にしたという。

もう一つ、面白い話。

奥日光は明治初期までは、女人牛馬禁制でこの坂を登ることが出来ませんでした。

そのため女性は男体山を拝んで引き返しました、その場が「馬返し」です。

今も、いろは坂に入り口でこの名前を目にします。

雑学はここまでとして、


高低差500mのいろは坂は紅葉が日を追って駆け下りてきますが、この時は

ちょうど、上から下まで全部が真っ赤といったところでした。

まさに、空気までが色づいて見えました。


日光・いろは坂の紅葉です。

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by peke001 | 2009-10-27 09:32
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